バギオ留学生必見!バギオの概要・特徴を5つまとめてみた
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フィリピンのルソン島にある静かな街、バギオ。近年留学先として人気の上がるフィリピンの一都市として、マニラやセブ島に続いてよく耳にするこの街ですが、一体どんな場所なのでしょうか?バギオという街について、徹底的に紹介したいと思います。

もくじ

  1. 右肩上がりのバギオの人口
  2. 標高1,400メートルでマニラ以北最大の都市バギオの地理
  3. 常夏なフィリピンの中では珍しい冷涼なバギオの気候
  4. 実は日本も大いに関係しているバギオの歴史
  5. 常夏なフィリピンの中では珍しい冷涼なバギオの気候

1. 右肩上がりのバギオの人口

右肩上がりのバギオの人口
2000年には約25万人の人口だったとされるバギオですが、2010年のデータによるとその人口は約32万人。10年間で著しく人口が増えている様子が伺えます。

 

右肩上がりのバギオの人口
優秀な大学が多いことから、マニラをはじめフィリピン中から学生達がバギオにやってくるようになり、今ではバギオ市民の約半数が学生という学園都市に。若い人達が多く活気にあふれた都市で、これからも人口は増えていくだろうと考えられています。

人口が増えて賑やかになった反面、マイナスな影響も。交通量が多くなり、交通渋滞及び排気ガスの問題も出ているようです。また、観光客も増加している事により物価の上昇やゴミの増加問題もささやかれています。

2. 標高1,400メートルでマニラ以北最大の都市バギオの地理

標高1,400メートルでマニラ以北最大の都市バギオの地理
フィリピンのルソン島北部にあるコーディリエラ地域に位置するバギオは、その地域の中心的な存在として知られています。同じルソン島にあるマニラからは約250キロ離れており、その街は標高1400メートルの高原上に存在します。山に囲まれた地域で、まさに山を切り拓いてつくられた街といった様子。丘のような地形に多くの家が建ち並んでいます。市街地は東西南北8キロ圏内にあり、人口の割には小ぢんまりとした街となっています。

 

標高1,400メートルでマニラ以北最大の都市バギオの地理
坂の多い地形が理由なのか、街中では自転車やバイクはほとんど見かけることはありません。主な交通手段として主流なのが自動車。タクシーの初乗り料金がマニラやセブ島などに比べて安いので、観光客だけでなく現地の人達もタクシーを利用することが多いようです。

山の中で静かに栄えるバギオ。自然と隣り合わせという感じの街で、家々の背景には緑の山々が並んで綺麗な景色を楽しむ事ができます。そんなバギオですが、実は海へのアクセスも簡単。世界的に有名なサーフィンスポット、サンフェルナンドへも2時間以内で行けるんです。

3. 常夏なフィリピンの中では珍しい冷涼なバギオの気候

常夏なフィリピンの中では珍しい冷涼なバギオの気候
フィリピンは暑いイメージがありますが、バギオは山岳地帯に位置しているため一年中涼しく過ごしやすい気候が続きます。マニラや他の地域と比べて気温が8度ほど低いといわれており、トロピカルなマニラの気候が35度の時もバギオでは26度だったりするので、夏の避暑地としても人気です。反対に、冬である12月〜1月の辺りはとても冷え込み、10度を切ることもある為ジャケットやコートは必需品となります。

バギオには、大きく分けて乾季と雨季の2つの季節があります。乾季は11月から5月。その季節は青空が広がりとても過ごしやすい天気が続き、あまり雨が降りません。山の緑も映えて綺麗な街並みを楽しむことができます。また、他の地域が暑くなる3月から5月には大統領府などの政府機関が避暑の為バギオにやってくるので、この街は「サマーキャピトル」とも呼ばれています。

 

常夏なフィリピンの中では珍しい冷涼なバギオの気候
そしてもう一つの季節、雨季は6月から10月となります。フィリピン国内の他の地域と比べてバギオの雨季は長く、雨の多い街としても知られています。特に7月〜8月はほぼ毎日雨が降っており、降らない日は2、3日あるかないか、というほど。

また、バギオという名前はタガログ語の「台風」という言葉から由来しており、その名前の通り台風の通り道の街としても有名です。山の多い地形の為、長い時には台風が4日間も停滞することもあるそうです。さらに、「コケ」という意味をも持つというバギオの名前。これは雨の多い街としてピッタリな名前だと言われています。

バギオの雨季は雨が続き道路の状態も悪くなったりするので注意が必要です。しかし雨季には悪い事ばかりでなく、雨季にしか楽しめない事もたくさんあるんです。雨の日はカフェや博物館へ出掛けたりと、楽しいインドアでの過ごし方を見つけるのも一つの醍醐味かもしれません。

4. 実は日本も大いに関係しているバギオの歴史

実は日本も大いに関係しているバギオの歴史
バギオの歴史はそれほど深く無く、始まりは20世紀の初めでした。当時スペインとの戦争に勝ちフィリピンを占領下に置いたアメリカ軍が、マニラの暑さから逃れようと北へ歩いてたどり着いたのが現在のバギオの地だったのです。

当時は何も無かったこの場所ですが、アメリカ人達により保養地として指定され、そして街がつくられることとなりました。その際に街の設計をしたのが、アメリカのワシントンを設計した過去を持つダニエル•ハドソン•バーンハム(Daniel Hudson Burnham)氏。その彼により、異国の雰囲気を漂わせる街並のバギオができあがったのでした。街の中心部に池があるところなど、どこかアメリカっぽいですよね。今でも街の中心部の窪地にはその彼の名前が付けられた公園があります。

 

実は日本も大いに関係しているバギオの歴史
また、バギオの歴史の中で欠かせないのが、日本人です。バギオの街を開発するに当たり、マニラからバギオまでの山岳地帯に道路を設け無ければならなかったのですが、それが当時ではとても困難なことでした。その開発を手伝う為に世界各地から労働者が集められたのですが、その中で一番活躍したのが日本人の労働者達だったのです。
真面目で勤勉だった日本人達はその活躍を認められ、多くの日本人がその後バギオに残り生活をすることを選びました。

その後、第二次世界大戦時には状況が一変。バギオに住む日本人や日系人達はその地で辛く苦しい生活を続けることになったのです。その状況を変えたのが、シスター海野氏でした。彼のおかげで日本人達はその評価を徐々に取り戻していき、そして現在に至ります。

 

 

実は日本も大いに関係しているバギオの歴史
バギオという街としての歴史は浅い、この地域。ですが、この街がつくられた以前よりもこの地に住んでいた先住の山岳民族の人々も多く居り、今でも彼らの姿をバギオの周辺で目にすることもできます。バギオの街から少し離れると触れられる、先住民族の文化。首刈り族として知られるカリンガ族もその一つです。といっても、現在では首刈りは行われておりません。

5. 道徳と秩序の街バギオの治安

道徳と秩序の街バギオの治安
フィリピンはあまり治安が良いというイメージが無い国ですが、バギオは他の地域とは少し違う空気感を持つ街です。もともと避暑地としてデザインされ、そして政府系の機関や施設が多いため、警察や警備員が至るところに配置されているのが大きな理由だと思われます。大学や教育機関が多く学生が多いという事実も、治安の良さを示しているのではないでしょうか。

また、他のフィリピンの地ではよく起こると言われているタクシードライバーによる横暴な値段のふっかけやお釣りを返さない等といった行為は、バギオではまず起こりません。一説によると、そのような行為は発覚したら職を失う等の重い罰をの対象になるようで、厳しいルールの元皆が法令を遵守しているようです。

 

道徳と秩序の街バギオの治安
また、バギオの郊外にはフィリピン唯一のフィリピン軍士官学校があり、そういった施設があることから「安心」「安全」という空気感を保っているようです。自然が多く、気候も比較的過ごしやすくて治安も悪くない、そんなバギオが最近話題になっているのは当然のように思えますね。
もちろん、治安が良いといっても、ここは外国。何が起こるかはわからないので、安全だと安心しきらずに自分の身を守るように心がけましょう。

 

標高1,400メートルでマニラ以北最大の都市バギオの地理
以上、バギオという街のまとめでしたが、いかがでしょうか?バギオに好印象を持っていただけたら幸いです。バギオで留学したい方は以下リンクも一緒にご覧ください!

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